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400年を超える将棋「名人」の歴史に偉大な事績が刻まれた。敬意と拍手をもって新名人の誕生を祝福したい。
藤井聡太棋聖が第81期名人戦七番勝負で渡辺明名人を破り、史上最年少の20歳10カ月で棋界最高峰の名人となった。
谷川浩司十七世名人が昭和58年に21歳2カ月で樹立した記録を、40年ぶりに塗り替える快挙だ。平成8年の羽生善治九段以来、史上2人目となる7冠も同時に達成した。
名人の重みは別格と言われる。他のタイトルには毎年、獲得のチャンスがあるのに対し、名人は挑戦に最短でも5年かかる。
藤井棋聖にとっては、今期が最年少名人となる最初で最後の機会だったが、棋士10人で挑戦権を争うA級順位戦(リーグ戦)は、他に永瀬拓矢王座ら強豪9人が顔をそろえる難関だった。
しかも、4連覇が懸かった渡辺前名人からの奪取だ。藤井棋聖が打ち立ててきた数々の最年少記録にも増して、価値が高い。
「名人」の起源は慶長17(1612)年にさかのぼる。江戸幕府が将棋指南役の「将棋所(どころ)」を、家元の大橋宗桂に定めたのが創始とされる。それ以降、大橋家、大橋分家、伊藤家による名人の世襲が長く続いた。
昭和10年に関根金次郎十三世名人が地位を返上し、その2年後に木村義雄(十四世名人)が初代の実力制名人となって以降、藤井新名人が16人目となる。
小学4年のとき、将来の夢について「名人をこす」と書いた藤井新名人は、早ければ今秋にも「8冠」達成の可能性がある。未到の高みへ邁進(まいしん)するとともに、新たな指し手の探究を通じて、歴史ある名人位の価値を高めてほしい。
人工知能(AI)搭載のソフトによる研究が主流となった将棋界だが、藤井新名人は「AIの示す手が唯一解ではない」「勝ちへのアプローチは一つではない」と述べている。ときに「AI超え」とも評される指し手には、人間らしさの証明である創造の領域を、AI任せにはしないという強い信念がうかがえる。
いつの時代も、人と人が全精力を傾けて戦う姿は見る者の心を揺さぶる。19年ぶりに無冠となった渡辺前名人も、他日を期してほしい。独走を許さないという全棋士の奮起が、「頭脳の格闘技」をさらに熱く盛り上げるはずだ。
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2023年6月2日付産経新聞【主張】を転載しています